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一緒に楽しみたいだけだった…
俺はずっとバスケをやってた。 いろんなことがあった。 ホントにいろんなことがあったと思う。 小学校の卒業アルバムのタイトルも『つらかったキャプテン』だったのは、先にも後にも笑いのネタだった。誰もが読んで俺に聞かせてくれたもんだ。 とにかく、なんでもかんでも「キャプテン」だった。褒められるのも、怒られるのも、キャプテンの俺だった。それがイヤでイヤでしょうがなかった。 はっきり言って“キャプテン”なんて肩書きはクソに近い。 褒められるのもみんなだし、怒られるのもみんなのはずだといつも心のなかで思っていた。でも口には出せずにいた。 でもチームメイトのお父さんお母さんたちは、いつもすごく俺に気を遣ってくれてたのを憶えてる。試合に勝ったときはすごく優しく接してくれた。負けたときは、もっと優しかった。 小学。 中学。 高校。 専門学校。 かなりのバスケットバカだ...
EMPetiTY
なぜだろう 子供の笑顔が嬉しくて なにか言葉を交わしたわけじゃない その手に触れたわけでもない だけど少し胸があったかくなった気がするんだ いつかの自分を思いだすのかな 空気だとか大きさだとか 楽しいことにひたむきで わけもなく元気になれたり きっとあとまわしにできることが イヤって感じることより多かったのかな 可能性や希望なんてどうでもよくて ただただ楽しいことに駆け寄ってって 自分のことだけ考えながら だれかと一緒にいる自分を素直に好きになれていた わからない 無限だとか未来だとか 永遠だとか明日だとか そんなものすらちっぽけに見えてたんだな 今じゃ壮大な果てもないよな地図に見えるし 愛や希望を深いと考え込んだり 頭を悩ましつづけてる だけどそれも悪くない 子供のときのひたむきさが きっと今は長く歩いていけること もしも今も子供のままなら きっと君はいないだろう...
戦争
まるで意味がない。 宗教問題とか、人種問題とかで、いろんなところで、いろんな戦争が起こってる。 まるで目的もない。 もしあったとしても、それが達成されたこともない。 1つのそれがもし達成されたとしても、また別のそれが湧いて出てくる。 キリスト教の歴史とか聖書がどうのこうのとか、人種に関する歴史とか運動とかその背景とか、そういう深い部分については学校の田植え授業で習ったぐらいしか知らないけども、でもそれからなぜ殺し合うことになるのか、まるで理解できない。 お互いに、なぜ批判するの? 認められないのは、どうして? 全部は認められないかもしれないけど、尊重するぐらいはできそうなもんだ。 人間なんだから。 本能だけで生きてるんじゃない。頭で考えて、ワンクッション置いてから、行動に移すことができるはずだ。 単なる表現の問題っていうこともあると思う。 「唯一全能の...
1人掛け
交差点も坂道も平らな道も歩き疲れて それでも歩いてフラフラんなって もう立ち上がれないかもなんて感じたら すぐに栄養補給しなくちゃな 単純明快 欲しいものを欲しがってんだ 愛も夢も優しさも たまには補充しなくちゃな 家族や友達 恋人も みんなみんな淋しがって 誰かと一緒にいたいんだよな 特別なんて何もないさ いつも同じもののなかに埋もれて 息が詰まりそうになりながら いつも同じものを求めてんだよ 時にはその肩の力を抜いてみてさ おぼつかない足取りのままでも 支えてくれる誰かが欲しいんだよな 1人用の椅子でも 2人で座らせてくれる人がいいんだよな 窮屈だけど不思議とそんなふうには感じない 2人で同じものを見てられる そんな気がしてくるんだよな 優しんだよな そういうのがさ...
たった1度のため息を
ため息って、どうしてあんなにも悲しいイメージを持ってしまうんだろう… 退屈とか、幸せが逃げるとか… ため息ついたら、なんだかすごく気になるのは、どうしてだろう? 「どうしたの?」 「なんかあった?」 こんな言葉が浮かんでくる。 浮かんできては、消えてゆく。 なにもない。 あえて言うなら、時間が過ぎてくことがつらい。 幸せな時にも、ため息1つ。 ため息がクセになってる人もいる。 幸せなんて逃げてかない。 自分のその手でつかみとれ。 逃げちゃう前に食べてしまえ。 どしてもつらかったり悲しいときは、ため息じゃなくて泣いてしまえ。 もしかしたらため息以上の幸せ食べれるかもしれない。 素直になれるかもしれない。 涙に濡れた純粋さがその手のひらに。 ため息にも色がつけばいいのになぁ~…...
いつもどおりが、はて?
どうして人は、怒りの感情が胸のうちに押し寄せてくると、動きそのものが激しくなるのか?? さあねぇ~……そんなの知らんよ。 怒りの感情自体が、それだけ激しいものってことなんじゃないの? だがね… “愛情”っていうのも、それと同じ…いや、もっと激しいのか…感情の揺れなのに、とても静かで優雅で、まろやかな動きになってゆく。 笑顔が増える。 でも“涙”ってのは、どちらにも共通して増えるものかな… 嬉しいときには涙が出るし、本気で怒ったときには泣く人も多い。 “涙”ってのは、そうとう感情がたかぶらないと出てこないものだと思う。 だから、俳優さんとか女優さんっていうのは、それだけ自分の感情を自分で意図的にコントロールできるってことなのだろうか… 役になりきってるから、その役としての感情が涙を流すということにまでたかぶってるのだろうか… それとも、ただの小道具として...
必要よりも、不必要
俺は、努力ってのが嫌いだ。 むしろ、人聞きだけはものすごくいい努力なんて、ホントは必要ないと思う。 親とかは、勉強を努力だと勘違いしてるみたいだ。んでもって、勉強は学生の仕事だなんぞ、あまりにバカげた解釈だ。じゃあ学校行って勉強したら、小遣いぐらいくれてもいい。そして、勉強を努力と呼ばないで欲しい。 好きな教科だったりすれば、それは努力でもなんでもなく、限りなく【趣味】に近いと、俺は思う。 嫌いな教科を勉強するのは、それは単なる【強制】でしかないのだから… 俺は【倫理】という教科が好きだった。いっつもソレの資料集を読んでたような記憶しかない。 この上なく楽しかった。勉強なんていう感覚もなく、努力してるなんてことも感じたことはなかった。ただただその、昔のいろんな人の思想や哲学が楽しかっただけだった。 “あ、なんかおまえ、おれと似てんな”とか“あんた、すげぇな”と...
kissing
今この目が見えなくなるなんて ほんの少しも想像なんてできないけれど 愛しい人とキスをするとき そっと瞳を閉じるんだ 全然怖くなんかない 安心するんだ なんだかすごくホッとするんだ ほつれた糸を何度も何度も結ぶように そしてすぐに目を開けて あなたの顔を見つめたくなる 「見なくていいよ」 あなたは笑ってごまかすかもしれない そしてまた瞳を閉じて あなたを心に描きたくなる ひとりじゃないこと 目を閉じても感じていられること 目に見えるものに揺れながら そんなものを頼りながら キスをするそのときだけは 誰も見えない闇でさえ怖いなんて感じない 言葉にならない愛しさが いつも震える唇が今優しく触れ合ってるんだ 不思議だよ 今は目を閉じて君を探してる...