裏切り : 第六章【嘘】

 『裏切り』の第六章。

 ぼくは風邪をひきやすい。
 当時も、そう思っていた。ぼくや姉が生まれたころからずっとかかりつけの病院では、そう診断されていた。
 が、実際には違った。
 そこから紹介されてすぐに向かった総合病院では別の病名がついたのだ。盲腸だった。それまでに2ヶ月近くかかっていた。

 そのことを父は、今現在になっても不満そうに語る。もう絶対、あそこの病院には行かないと……その言葉が、当時の父の怒りと心配のすべてを物語っているのだと思う。
 病院に着いてすぐに手術と言われ、薄暗いロビーにずらりと並ぶ椅子の端で、ぼくは小さくうずくまっていた。もう少し遅ければ破裂していたらしかった。医者から父や母が怒られていた。
 内臓が全部一つにまとまるかと思えるほどに痛かったけど、なによりやっぱり不安だった。怖かった。
 でも、母がずっとそばにいてくれた。ぼくの分のベッドしかないのに、いつも一緒についててくれた。すごく心強かった。
 それに、母のおかげで、その一ヶ月か二ヶ月ぐらいの生活も楽しくやれたんだと思う。
 医者にご飯を食べちゃダメと言われていたけど、母のお昼ご飯を少しもらったりもした。そのとき食べたのは、コンビニの弁当のなかにある玉子焼きと、ほかにもたくさんあったけれど、ぼくは肉じゃがの肉を選んだ。それは秘密の味がした。
 それ以来ぼくは、今でも肉じゃがが大好きだ。

 父は、仕事の合間に何回かお見舞いに来てくれた。
 そのたびに “ なんか欲しいものないか? ” とか “ マンガは? ” とか、いちいち小うるさいほどにあれこれ心配してくれた。元気になってくればそれで遊ぶとわかっているのかいないのか、病院なのにパチンコに似たゲームを買ってきてくれた。
 クラスの友達からは、お見舞いの文集みたいなものを、先生が届けてくれた。ぼくは何回もそれを読み返した記憶がある。
 今でも憶えているのは、今でも仲のいい友達のもので、そのなかで彼は、ぼくを鬼ごっこで仲間はずれにしていたことを謝ってくれていた。
 でもそれが嬉しいわけじゃなくて、たとえ作文というカタチでも、そいつともう一度遊べるんだということが、退院したあとの楽しみの一つになったことだった。
 そして退院が近くなると、ぼくはまわりなどお構いなしに、父が買ってきてくれたおもちゃでバチンバチンと大きな音を立てて遊んでいた。階段の上からスリッパを飛ばして走りまわってもいた。

 ぼくは間違いなく、父親の血を受け継いでいる。
 きっと一人だったら、ぼくは、毎晩毎晩ベッドの布団のなかでのたうちまわっていただろう。そして、看護婦さんにも医者にも、きっとだれに対しても “ だいじょうぶ ” と嘘をついたと思う。


 母がいなくなってそれから、風邪が寝込むぐらいひどくなるたびに、今でもぼくはそのときのことを思いだす。母がついててくれた日々、うずくまるぼくの背中を隣で気遣いながらさすってくれたその母の優しさを。


 一度ぼくには、マイコプラズマなんたらかんたらとかいう小難しい病気の名前がつけられた。
 いつだったかはっきりとは憶えていないけど、灰色の事務用の机がまだすごく大きいと感じていられる年だった。
 でもその症状は今でもはっきりと、この体に焼きついている。とにかくひどかった。
 熱が全然下がらなかったり、呼吸もしたくなくなるほどノドが痛くて、眠るのも薬を飲むのもイヤだった。咳こむたびに吐いていたから、そのたびにぼくはトイレにこもり、そのあいだに、隣で寝ている父が起きてそれを片づけてくれた。いつも枕もとには、洗面器と新聞紙とビニール袋が山積みになっていた。
 地獄だった。
 そして、そんな日が何日もつづいたあとだった。
 その日はたしか、父は出張かなにかでいなかったと思う。父にはだいじょうぶだからと言った。嘘ではなかった。
 本当にそう思ったから、そう言った。

 でもその真夜中、また咳が止まらなくなって一度洗面器に吐いたぼくは、すぐに起きあがってトイレに走った。
 全然デカい家じゃない。でも、たったその距離も我慢しきれなくて、その途中、居間のドアの前で吐いてしまった。
 気づくとぼくは、呆然と目の前にあるドアに向かって泣いていた。
「 ──── アーチャンがいてくれたらよかったのに……」
 心のなかだけだったはずが、知らず知らずのうちに声となっていた。
 ぼくはそのままふらふらとトイレに入っていった。泣きながらなにもなくなるまで吐きつづけた。なにを吐いたかは憶えていない。
 でももし、そのとき母が帰ってきてくれたとしても、そのときのぼくは、母のその手をつっぱねていただろうと思う。


「我慢しろ」
 ぼくの頭は、今でも頑固だ。いつもそう命令してくる。
 でもいともたやすく砕けてしまうほどに、もろい。それは、この体とこの心が一番よくわかってる。
「そういう気持ちは我慢なんてしなくていいんだ」
 でもぼくは、まだ素直になれてはいない。変なところで意地をはってしまっている。全然必要のない、素直にならなきゃいけないところで意地っ張りな自分が出てくる。自分を閉じ込めるのが得意だったはずなのに、そういうときにはそっちの自分が無力になる。
 嘘をついてしまう。
 ムリしてまで嘘をついてしまう。
 自分の弱さを見せたくないっていう、全然素直じゃない理由だけで、ぼくは嘘をついてしまう。ただ自分を守るためだけの嘘を。

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